経営者コラム|指先ひとつで最適解にたどり着く? “タイムパフォーマンス至上主義”という時代の濁流の中で ふと足を止めさせる“もの”を生み出す人々。 「アナログニストたち」のインタビューコラムシリーズ アナログ上等。削らぬ流儀

【第1回】 インタビュー / 三代目鬼師 藤本 修悟氏
サービスの世界を経て手袋を皮膚に変えた。
龍のウロコに密度を刻む
目次
- 1 なぜ、効率化が進んだ時代に、 手間のかかる仕事が人の心に残るのか
- 2 「鬼師」を名乗ることの、おこがましさ
- 3 三代で紡ぐ「熊本城の鯱鉾(しゃちほこ)」制作の宿命
- 4 銀座の戦場と「非言語」の連携
- 5 二十五歳の帰郷、そして二十八歳の背水の陣
- 6 「肌の弱さ」を武器に変えた、手袋の感触
- 7 過程の密度を刻む「狂気」
- 8 瓦の境界線を解き放つ「大馬鹿者」の視点
- 9 気づいてしまったからにはやるしか無い。 世界へ!世界へ!
- 10 「デジタル」と「ストイック」の狭間。 一瞬のエネルギーの爆発に力を注ぐ
- 11 時はデジタル時代。しかし変わらぬものがある。 魔除けである「鬼瓦の位置付け」とは。
- 12 経歴 / 藤本修悟 (37歳) 2025年3月取材時点
- 13 結び・百年後の誰かへの、挑戦状
なぜ、効率化が進んだ時代に、
手間のかかる仕事が人の心に残るのか
その答えを探るべく、熊本県宇城市にある
「株式会社 藤本鬼瓦製作所」の三代目、藤本修悟氏を訪ねました。
彼は、熊本の象徴である熊本城の鯱鉾(しゃちほこ)を、
祖父・父に続き、三代にわたり守り続ける鬼師(おにし)。
自らの意志で一度は家業の外へ飛び出し、
かつて東京で名を馳せた銀座のフレンチレストランでは、
アイコンタクトで察する仕事を体感し、言語を介さない世界を生きていた。
外界を経験した彼だからこそバイアスのない視点から語れる
伝統という名の「積み重ね」の正体。
デジタルが席巻するいま、あえて手間暇という道を選ぶ、
一人のアナログニストの哲学を紐解きます。

取材日に手掛けていたのは「熊本城天守閣のしゃちほこレプリカ」。天草で採れた粘土を原料に一つ一つ鱗やヒレを手作り。
この後、ガス窯で焼き上げいぶし銀に仕上げる
「鬼師」を名乗ることの、おこがましさ
一般に、屋根に設置される装飾瓦「鬼瓦(おにがわら)」を作る
専門の職人のことを「鬼師(おにし)」と呼びます。
しかし藤本氏は、自らをその名で称することに
わずかな抵抗を感じていると言います。
「認知のために仕事上は、鬼師(おにし)を名乗っていますが、
本当は自分をそう呼ぶのはおこがましい。
僕以外の鬼師(おにし)は、寸分たがわず同じものを生み出す
凄まじい技術を持っています。
でも僕は、その時々で、作るものの『 顔 』がどうしても変わってしまうんです。
自分でも、全く同じものは二度と作れない」
粘土という生きた素材に向き合い、その時のエネルギーを土に込める。
藤本氏の手から生まれるのは、均一な品ではなく、
一度きりの呼吸が宿った「一点物」。
その「揺らぎ」こそが、彼の表現の本質に他なりません。
そして、鬼師(おにし)とは?との問いかけに
修悟氏曰く、「歴史を守りつつ変えていく仕事」との明確な答えが返ってきました。
その答えには、未来を見据えた彼の生きざまが見えました。

鬼師の意匠は「鬼」の顔だけではない。家紋、七福神、波、雲、植物など、施主の願いに合わせた多様な表現がある
三代で紡ぐ「熊本城の鯱鉾(しゃちほこ)」制作の宿命


祖父である初代鬼師勝巳氏の手による龍。作品の顔立ちは、自ずと作者に似てくるものなのだとか
藤本家には、熊本城の鯱鉾(しゃちほこ)を再建・継承するという重責があります。
1960年の再建時に初代・勝巳氏が、
2008年の作り替えでは二代目・康祐氏が携わりました。
1988年に生まれた三代目・修悟氏にとって
工房は、真っ黒になって遊ぶ、いわば遊び場的な場所であったと同時に、
「長男」としての重圧を感じる場でもありました。
自分の意思とは関係なく進む推薦入試や、周囲の期待、
「とにかく九州から出たい」という一心で、高校卒業と同時に
自らの意志で選んだ食の世界の入り口「大阪」へと向かいました。
銀座の戦場と「非言語」の連携
大阪の辻調理師専門学校で全ジャンルの料理を学び、
卒業後は東京・銀座の「マキシム・ド・パリ」へ就職。
ソムリエを目指し、激動のリーマンショック時代の銀座を駆け抜けました。
その中で彼にさらに磨きがかかったのは、究極の「非言語コミュニケーション」でした。
「スタッフ同士、アイコンタクトひとつで次の動きを察知する。
鏡越しに一瞬、目が合うだけで上司が何を求めているか判断する。
お客様が口を開く前に、チームとして結論にたどり着いているんです」
言葉を介さずとも、互いの視線と空気感で最適解を導き出す高度な連携。
そこで培った「先読み」の能力は、現在のものづくりにおける
「頭の中での3Dシミュレーション」の基礎となっているという彼。
さらに、料理という「消える美学」の中で学んだ「道具は指先の延長である」
という教訓は、いま、粘土をかたちづくる指先に確実に宿り続けています。

二十五歳の帰郷、そして二十八歳の背水の陣

25歳の後半、修悟氏は熊本へ戻ります。
祖父はすでに他界しており、師事したのは父・康祐氏でした。
転機はそれから数年で訪れた2016年の熊本地震です。
大天守の鯱鉾(シャチホコ)にかかりきりの父のかたわらで、
経験わずか3、4年の彼に、小天守の鯱鉾(しゃちほこ)の制作が託されました。
「やる以外の選択肢がなかった。
技術を継承する機会は、今を逃せば、次はいつになるかわからない。」
「28歳の若さでしたが、まさに背水の陣でした」
父が受け継いできた祖父の図面を広げ、三代の魂を土に刻み込む作業。
完成した鯱鉾(しゃちほこ)が屋根に上がったとき、彼は名実ともに
三代目としての歩みを始めました。
「肌の弱さ」を武器に変えた、手袋の感触

現在の手袋スタイルになるまで、試行錯誤を重ねた。職人の命ともいうべき素手の感覚を手袋越しに叶えた、苦労人
職人として致命的とも言える課題がありました。
修悟氏は肌が弱く、粘土に触れ続けると手の皮膚がボロボロの状態になり
赤ぎれに悩まされるようになります。
しかし、彼はこれを第二の皮膚ともいうべき「手袋」によって克服しました。
「手袋を自分の皮膚にする。神経をすべて触覚に全振りし、
手袋越しの温度や水分量を、無意識レベルで捉える」
この感覚は、 調理師専門学校時代の
“包丁も、さい箸も、スプーンも、ミリ単位やグラム単位の感覚を叩き込んだ
あの練習の日々“が生きた瞬間でした。
「例えば千切りにするにしても、全部均一に切るというのは、数をこなすしかない」
そんな彼だったからこそ、「手袋をした手で、粘土をひたすら触りまくる」。
「神経を全てその触覚に全振りするような感覚で、手袋越しの温度感、水分量、
柔らかさをもう毎日のように仕事をしながら、感覚としてもう無意識レベルまで
落とし込んでいくような」・・・という前述に繋がっていったのです。
お風呂では指先をふやかさないよう、十数年も手を湯船につけずに入る。
指や手の感覚が鈍ることから、野球のピッチャーが風呂に手をつけないと
耳にしたことがあり、そこからの発想だそう。
とにかく、指先の感覚を保つ彼のストイックさは尋常ではない。
修悟氏にとっての理想は「仕事をしていないように見えるほど綺麗な手」。
そのしなやかな指先から、数百年先まで残る力強い造形が生み出されるのです。

シルバーリングが映える、職人とは思えない美しい手

しなやかな手のひらに乗せるのは、涅槃像のお香立て。白毫にお香を差し込むユーモラスな仕様
過程の密度を刻む「狂気」
取材時点で取り組んでいたのは、
菊池市にある廣現寺(こうげんじ)の「龍の飾り瓦」。
通常は線で表現する龍の鱗(うろこ)を、彼は、
一枚一枚を独立させ浮かせることで立体的な陰影を作り出す。
この凹凸が、屋根に上がった時、ただの模様としてではなく
光と影と立体感を生み出し、全体的な表情が変わってくる、
「だからどんなに大変でも鱗(うろこ)は、このやり方で制作する」と語る修悟氏。
また、筆者が「アナログとは、削らなかった情報の集積ではないか?」
と問いかけると、彼はうなずき、効率を求めればただの型押しのうろこで済む、
しかし、あえて狂気とも言える膨大な手間をかけることで生まれる「気配」こそが、
デジタルでの再現を拒む、大いなる境界線になるという。

菊池市廣現寺「龍の飾り瓦」。太陽のもと、陰影が際立つよう緻密に計算された「うろこ」が目を惹く
瓦の境界線を解き放つ「大馬鹿者」の視点
「鬼瓦が屋根に乗らない時代」を、彼は俯瞰から見ています。
むしろ、建築素材という使用目的はもとより、
その枠から瓦を解き放つには?と日々思いを巡らしています。
工房横の事務所の床も、実は瓦。建築家にすら忘れ去られていた
この使い道こそ、瓦本来のポテンシャルであり、
もっと現代建築と融合させたいし、発信しなくてはならないと修悟氏。
発信のためのアート作品や、小物、日用品などを制作し、
「三代目として、瓦の使い方、あり方、見せ方を、まだ知らない人たちに
現代に置き換えて、改革していくというか・・・。そこが僕らしくやる、
やるべきという、もう使命みたいなものなのかなって思う。」 と語りました。
動画配信を通じた発信にも今後は取り組むとの予定を挙げ、
あえて編集をせず、等身大の職人の日常を映し出すつもりだという。
そこには、AIには真似できない人間臭さや、熱量が宿ると考えていると
付け加えました。
「時代を変えるような『大馬鹿者』にならなきゃいけない。
瓦のステージを、一段上げる!のが僕の使命です」
気づいてしまったからにはやるしか無い。
世界へ!世界へ!
10年以上前から世界を見据え続けてきた彼の視線は、
日本の伝統工芸でもある鬼瓦をはじめとする瓦の持つポテンシャルを
グローバルへと翻訳し直すことに向けられています。
「これはずっと思ってるんですけど、どこまで行っても瓦は、建築素材なんです。」
「形を変えようが何をしようが、建築素材っていうところから抜け出せない。 」
「これはなぜか?と言えば、鬼師の中から誰か一人でも日本で活躍するとか、
世界で活躍する作家って言われるような、その“作品“というものを
提供できてないからなんです。ここを誰かがやらなきゃいけないっていうのを
三代目を継いだ時に気づいて」
「だからもう前から僕は、世界に!世界に!とずっと言い続けて。
気づいてしまったからには、もうやるしかないなっていうところが、現在地点です。」

納得できなかった造形は、土に還す。それもまたアートに見えるから不思議

「デジタル」と「ストイック」の狭間。
一瞬のエネルギーの爆発に力を注ぐ
瓦を焼く“焼成窯”にはすでにAIの能力が搭載されているといいます。
しかし、デジタルの力を借りるのはほんのわずか。
修悟氏本人は、あくまで「泥臭く」「人間らしく」。
「ここ数年、制作するためだけの身体作りをしている気がしています。」
「今は日の出より早く、朝五時ぐらいに起きて、夜十時ぐらいには寝ている。
もう、野生動物と一緒です。」
「そして、一瞬一瞬のエネルギーの爆発に力を注いだ方が、
作品としてはすごくいいんじゃないかというところにたどり着いた。」
さらに、デジタルで再現できないものの正体は?の問いに、
「人が発している“エネルギー”だとか、“気”、“波動”などという人もいますけど、
やっぱりその日の元気なエネルギー状態が、作品に影響するし、
それがその正体だと思う。たとえば、心が落ちている時に龍は作らないし、
表情のある作品作りの際は、その表情に応じた心情に自分を追い込む。」
インタビューを行なった工房には、多くの植物が育てられていました。
植物を愛し、その造形に魅力を感じ、作品のインスピレーションともなるといいます。ひらめきと、探究心にあふれ、すこぶるストイックな人物、
それが修悟氏であると確信しました。
「デジタルはあくまでもツールとして使うべきであって、そこに没頭してしすぎると、
もう考えなくなってるし、調べなくなっていくし、見るだけで満足していく。
自分で何かを成し遂げたいっていう野心とか熱量とかはもう芽生えてこなくなる
だろうと思う。それを見てる時間を、タイパで見ている時間があるのだったら、
アナログで何か手作業でやった方が、脳には一番いいと思う。」と、
修悟氏は穏やかに語りました。

インスピレーションのみなもとにもなるという植物たち。工房のあちらこちらには、多肉植物などが並ぶ

時はデジタル時代。しかし変わらぬものがある。
魔除けである「鬼瓦の位置付け」とは。
鬼瓦に使われる瓦素材は、百年は軽く時代を経ることができる耐久性がある。
焼き上がり直後は、いぶし銀の色合いだが、時を経て黒みがかって行く。
彼は、この変化を経年変化であり劣化であると前置きした上で
かつて学んだワインと重ね合わせ、若い色合いから熟成した色になると表現し、
そこには、時代の流れ・季節の経過を感じながら、深みが増すものだとした。
また、デジタルが氾濫する世界に生きる私たちにとって、
“魔除けの意味を持つ「鬼瓦」の位置付けをどう考えているか?”と尋ねると、
「神社に参拝するのと同じ。願いや祈りなど人の本質的な部分だと感じとし、
それは、とても身近にある「護符」みたいなもので「結界」とも言えるかもしれない」
と、語りました。
その時、筆者の考えをかすめたのは、護符や結界ともいうべき鬼瓦を生み出す
「鬼師」は、宮司や住職、古の陰陽師などと遠からずな存在なのかもしれない。
そんな、突拍子もない考えがよぎりました。

経歴 / 藤本修悟 (37歳) 2025年3月取材時点

本も読むし、映画やアニメもジャンルにこだわらず見る。演歌だって弦楽器のオーケストラだって、
なんでもありで聴く。夜中に目が覚めていきなり海に行くことも。
自身の心にまっすぐな「知りたい欲の塊」だと己を称す修悟氏
1988年 6月‥‥‥
熊本県宇城市に生まれる。
初代・勝巳氏の初孫として可愛がられる一方、
学校の工作や絵画では祖父から厳しく指導をうけた。
19歳‥‥‥
大阪・辻調理師専門学校へ入学。その後、
銀座「マキシム・ド・パリ」でソムリエ見習い、
東京のスペイン料理店で店長を経験。
25歳後半‥‥‥
帰郷し修業開始。手肌の弱さを克服し
「手袋を皮膚にする」スタイルを確立。
28歳‥‥‥
熊本城復興プロジェクトにおいて
「小天守 鯱鉾」を単独で制作。
現在‥‥‥
取材時点では、菊池市・廣現寺の龍の飾り瓦制作を進行中。
熊本県宇城市内の小中学校での質疑応答スタイル講和を行い
子どもたちとの交流を図る。
行政を通じ、ポルトガル・台湾中国へ鬼瓦を発信。
アーティストとしての顔も持ち、フランスイベントへの出品の経験も。
世界へ鬼瓦の可能性を広げたいと活動を続けている
最新アート作品

仮タイトル「日本建築の美」。
瓦、木材、ガラスの粉砕物、植物の葉などを用いアート作品に仕上げた

鬼の閻魔(えんま)にちなんで、人とにとの縁をつなぐ「縁間(えんま)くん」。
日本のおもてなしや感謝の心、その間に鎮座する存在として生み出した

龍を模した「小さなオブジェ」。
神事に使われる麻ひもと龍という神聖な組合せ。
白い部分は「鹿の角」青い部分は「漆喰」。
豊かな発想と古来からのインスピレーションが融合した作品

モダンなスタイルの壁掛けの花器
結び・百年後の誰かへの、挑戦状
インタビューの最後に修悟氏へ
「百年後、あなたの瓦を見上げる人に何を伝えたいか」と問いました。
答えは、清々しいほどに挑戦的でした。
「誰か、作ってみない? 超えてみない?」
彼は自分が歴史の通過点であることを知っています。
百年後の後継者が、自分の作品を見て「自分ならもっとうまく作れる」と
挑んでくること。それが、彼にとって最高の喜びなのです。
効率化の先に、私たちは何を失い、何を守るべきか。
藤本修悟氏の手が刻む「過程の密度」は、私たちに、効率だけでは決して
手に入らない、人間本来の「熱量」を思い出させてくれます。
最後に、共創へのご案内
本コラムでご紹介した、伝統と現代の感性を融合させたものづくりの視点は、
クリエイティブな課題解決や商品開発のヒントにあふれています。
掲載者との協業や、あらゆる視点を取り入れた商品開発、
企業プロモーションの企画相談を承っております。
「本質的な価値」を形にしたいとお考えの企業様は、
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